2011年04月28日

音は言葉で言い表せない

地震で散らばった本を整理していたら、四方田犬彦さんの『音楽のアマチュア』があった。
奥付を見たら2年前の本なのに、買ったことすら忘れていた。

音楽のアマチュア [単行本] / 四方田 犬彦 (著); 朝日新聞出版 (刊)

四方田犬彦さん。
いまさら紹介など必要もない著名な方である。
1953年生まれ。
東大、東大大学院を出、韓国の建国大学、コロンビア大学、ボローニヤ大学、テルアヴィヴ大学などで客員教授・研究員を勤め、現在は明治学院大学教授として映画史を教えている。
著書は100冊を超え、扱う世界も、専門の映画史をはじめ、映像、文学、都市論、料理、音楽と多方面に及び、サントリー学芸賞、伊藤整文学賞、桑原武夫学芸賞など数々の賞を受賞されている。

まことにきらびやかな経歴。
プロフィールをみているだけで目がくらみそうだ。
なかにこんな1行がある。

・・・幼少時より、ピアノ、口笛、イングリッシュ・ホルン、トランペット、チェロを手掛けるも、いずれも挫折。

なんでしょうか、これは。
こんなプロフィール、見たことがない。
こと音楽に関してだけはアマチュア、を強調せんがためのものなのか。
それにしても、口笛、とまで書きますか。
ご自分の立ち位置をはっきり示しておかないと気がすまない人、なのかもしれません。
付き合う編集者が苦労するタイプの先生かなと、元編集者としては思ったりもする。

まったく違うかもしれませんがね。
プロフィールだけでこんなことまで考えさせてくれる本なんて、めったにありません。


『音楽のアマチュア』は、クラシック、民族音楽、ジャズ、ロック、歌謡曲と多方面の音楽家40人ほどが登場する音楽エッセイです。
ジャズでは、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイビス、ギル・エヴァンス、アルバート・アイラーの名前がある。
ジャズ・ミュージシャンが出ているぞ、というただそれだけの理由で思わず買ってしまったものだろう。
狂ったようにライブハウスを徘徊し、何を読んでも何を聞いてもジャズになぞらえて考えてしまうというジャズ一辺倒の時期であった。
ジャズの名演奏、名盤を解説する四方田さんや評論家たちの表現がなんともかっこよく、自分もこんな表現をしてみたいと思っていた時期でもあった。

この本にも、そんなかっこいい文章がたくさん出てきます。


・・・両者が蔓草のように絡み合い、縺れ合うさまは圧巻であり、二筋の狂気の意志が競合し合っているように思われる/跳躍と痙攣(ジョン・コルトレーン)

とか、

・・・繊細にして祝祭感覚に満ちた巨大な天涯/不思議な浮遊感をもつ、捕えどころのない音楽(マイルス・デイビス)

みたいな、「クールでヒップ」、これぞジャズ、を読むものに感じさせてくれるような文章です。

しかし、いつごろからか、この類の表現にまったく関心がなくなってしまった。
なにを読んでも、「あ、またか」というという既視感と、「なんか違うな」というもどかしさ、むなしさだけしか感じなくなってしまった。
なぜか。
地震のおかげで再会したこの本を読みながら、おおむね以下のようなことを考えた。

四方田さんに限っていえば、この人の「ジャズ絶縁宣言」ということがある。

四方田さんは、著書『ストレンジャー・ザン・ニューヨーク』で、70年代以降のジャズの衰退にふれ、
・・・あるときジャズは潔い死を選ぶ能力すら喪失してしまったのだ
と、冷たい別れの言葉を述べている。

そこまで言った人を、改めて読む気にはならない。


もう一つは、「音は言葉では表現できない」という当たり前のことに気がついたせいです。
専門誌やライナーノートでいくらでもお目にかかれるこの類の表現、たとえば

・・・イマジネーションに飛んでいる/内面的なハーモニーの美しさ/ピュアーで官能的なトーン/通りいっぺんの教養主義を寄せ付けない心愉しい気遣いに満ちている/後ろ髪を引かれると形容されるバック・ビートを強調したタッチ

などなど、あげればいくらでもありきりがない。

それぞれは、まことにかっこういい。
多彩な形容詞や比喩・引喩・提喩・暗喩を用いたみごとなレトリック。
ジャズ特有のある種雰囲気を醸成し、これがジャズかと思わせてくれる独特な色合いをもっている。
しかし、いくら言葉を重ねても、それは決して音を説明してはいない。
隔靴掻痒、どこか空々しく、むなしい。
読めば読むほど、むなしさが増すばかり。
そのことを熟知しているミュージシャンは、だから、テクニカルな話はしてもこの手の発言はめったにしない。

音楽は、読むよりは聴くものだ。
当たり前か。
地震で転がり落ちてきたこの本が、バベルの塔から崩れ落ちたレンガのように見えた。
読まないほうが良かった、ということもあるのか。

なにやら、ふくむところのある文章になってしまった。
他意はない。みんな地震・原発のせいです、とでも思ってご海容いただければ幸いであります。




posted by 松ぼっくり at 10:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

チャリティ・ライブへ行きましょう

東北関東大震災でなくなられた方、被災された方に心からなるお悔やみとお見舞いを。

原発も、なにやらただならぬ様相を呈している。
被災地で、これから直面するご苦労を思うというべき言葉がない。
我々の生活がいかに脆弱な基盤のうえに成り立っていたか。
そのことを否応なく突きつけられ、知らされた。

そんな時期にジャズかよ、という声が聞こえてきそうだが、それは少し違うだろうと思う。
すべての人が、何もかも放り出してこの大災害に取り組むことはできない。
プライオリティの問題ではない。
人は、それぞれの生き方で生きていくしかない。
できることしかできないのだ。

数年前、自衛隊のイージス艦が漁船と衝突し、二人の漁師が行方不明になった事件があった。
六日後、仲間の漁師たちは、「浦じまいです」といって捜索を打ち切った。

浦じまい。
悲しみのなかにも、生きていかねばならない強い意志が感じられる、記憶に深く残る言葉だった。

ジャズにしかできないことだってある。
むかしから音楽は、鎮魂に、魂の鼓舞に寄り添ってきた。
家族・友人を失い、家を流され、つらい思いをしている人が、ジャズに心癒され励まされることだってあるだろう。
そう思いたい。

ミュージシャンによるチャリティのライブやコンサートも行われ始めている。
ライブハウスやミューシャンのHPで確認して参加していただきたいと、願うばかりであります。

(チャリティ・コンサート、ライブの予定をご存知の方、当コラムあて連絡いただければ幸いです)
〜チャリティ・ライブのお知らせ〜
posted by 松ぼっくり at 15:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

ライブハウスに行きませんか

<提灯持ち>という言葉があります。

頼まれもしないのに他人のためにその長所などを吹聴すること。また、その人。
「こいつは提灯持ちの記事だ」、なんてふうに使われます。

大好きなジャズやミュージシャンをただほめるだけの当コラムはその典型で、100%提灯持ち。
それ以外のなにものでもありません。

ということで、今回はライブハウスについての<提灯記事>です。
提灯の灯りをたよりに一度<ジャズ>の世界をのぞいて見ませんか、というおすすめでもあります。

ご存知とは思いますが、一言説明を。

ライブハウスは、生で演奏が聴ける店です。
「ジャズバー」、「ジャズスポット」、「ジャズカフェ」なんて看板をあげているところもあるけれど、生演奏が聴ける店、ということではみな同じです。

もうひとつ、「ジャズクラブ」なる名乗りをあげているところがあります。
ライブハウスとの違いは規模の大小。
ジャズクラブは大きく、ライブハウスは小さい。
ジャズクラブは、「うちは高級よ」くらいのことは思っているだろうけど、やってることは同じです。

「うちは高級よ」店は、おおむねキャパ100人〜200人くらいのスペースです。

内外のビッグネームが出演し、一応きちんとした料理など食しつつ音楽が楽しめる。
したがって料金が高い。
ミュージック・チャージ(MC)だけで1万円前後は覚悟しなければならない。
デートスポット向き。
彼女にいいとこみせてやろうなぞと企んでいる彼には最適。
ブルー・ノート、TOKYO Billboard、Cotton Club、JZ-Bratなどがそれ。
村上春樹さんによると、アメリカのジャズクラブに比べると、日本のそれは家畜列車に乗せられているようなものらしいので(ぼくはそう思いませんが)、アメリカ事情に詳しい彼女なんかを誘うときは、要注意かもしれません。

一方のライブハウスは、30人も入れば満員になるという、小さなお店。
100人は入るPITINNのような例外的なところもあるけれど。

こちらは、MCも二千円から三千円とお手ごろで、ワンドリンク付きなんてサービスがついたりもする。
ビッグネームにはあんまりお目にかかれないが、若いミュージシャンたちが元気のいい演奏を聴かせてくれる。
若いと聞いて「なーんだ」なんていっちゃいけません。
日本のジャズシーンの<今>を支えている実力者ばかりで、彼ら彼女らがいなければ日本のジャズはとっくに死んでいる。
逸材がぞろぞろ。
ほんとうにジャズを楽しみたい人には、こちらがおすすめです。

行ってみればすぐわかるけど、ライブハウスは、楽しさや驚きをガッツリ体感できる<ワンダーランド>です。
以下はぼくの経験です。

○<生>のミュージシャンとその演奏が素晴らしい。
ごくたまに「アレッ?」ってのもあるけれど、好不調は人につきもの。
わずかな寛容さを持ち合わせていれば、なんの問題もなく楽しく聴ける。
<CD>しか聴かない人もいるけれど、電気的に修正されたツルツルのテフロン加工品より、多少ざらざらしていても<生>がいい。とぼくは思っている。

○演奏直前の緊張感を共有できる。
ミュージシャンが手にしたとたん、楽器が生き返る。
物言わぬただの<物体>が饒舌な<生命体>に生まれ変わる。
その瞬間を見逃す手はない。
いつもその辺にゴロリと転がされているベース。演奏が始まるとがぜん存在感を発揮し、「おれが王様!」と大きなからだで主張している。似た奴がいたなあ、なんて思い出しながら見てると、どこかおかしい。

安田b.jpg

永田.JPG

アブライ.JPG

○演奏者の一挙手一投足がよく見える。
激しい息づかい。汗がふきだし頬が紅潮してくる。リズムに乗って口が動き出し、思わず声が出る。
すぐれたアスリートのパフォーマンスを見て感じる感動がある。
失敗した時の照れ笑い。これも見ものだ。

○ミュージシャン同士の会話を聞こう。
セットの合間がいい。
演奏の興奮がまだ冷めやらぬ、まるで無防備のとき。
ホンネがずばり飛び出してくる。
ジャズの聴き方が100倍深くなる。
休憩時間中、なるべく彼らの近くにいるといい。

○酒が飲める。
コンサート会場ではこれができない。酒好きにはこんなうれしいことはない。売り上げをあげてくれるミュージシャンは、店にとっては福の神。
どんどん酒を飲もう。
○酒が飲める。
酒には、大脳の音楽受容野を活性化させ、耳から脳に至る通路上の障壁を取り除く効能があるらしい。飲むほどに、センサーの感度があがり、音のシャワーが全身を包み込む。
どんどん酒を飲もう。

○飲めない人だってだいじょうぶ。
ソフトドリンクが用意されている。簡単な手料理も食べられる。演奏中、カチャカチャ、ナイフやホークの音をたてても、だれも怒らない。
どんどん食べよう。

○居眠りだってできる。
「居眠りは最大の批評」といったのはだれだっけ・・・。


「楽しみ」もあるが「?」もある。

●スタート時間が遅い。
8時とか8時半が普通。終電が気になり最後のほうはおちおち聴いていられない。
もっとはやく始めてくれないだろうか。

●時間通りに始まらない。
30分遅れなんて当たり前。わけ有りなんだろうがねえ。

●セットリストがない。
演奏する曲の一覧表。プログラムのようなもの。曲にたいする理解度がだいぶ違うはずだ。なんでないんだろうか。

●もっと短くてもいい。
ミュージシャンに怒られるかな。ワンセット1時間を二回。集中力を二時間持続するのってけっこう大変だ。
「もう少し聴きたかった」くらいの後引き状態で終わるくらいでちょうどいい。と思う。

●むさくるしい恰好で演奏する。
女性はいつもきれいです。男の中にたまにいる。客相手の演奏だから少しは・・・なんて思ったりする。


いかがでしょうか。
ライブハウスは、極め付きの異能人間たちと二時間も一緒にいられる場所。こんなとこ世の中にそうはない。
首都圏に200軒くらいはありそうだ。
あなたの近所にも必ずあるはずです。

ライブハウスへ行ってみませんか!!!


(ライブハウスの軒数について。ご存知の方、コメントなどちょうだいできませんでしょうか。よろしくお願いいたします)


posted by 松ぼっくり at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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