2010年12月24日

浅川マキの「赤い橋」


Long Good- bye / 浅川マキ (CD - 2010)
Long Good- bye / 浅川マキ (CD - 2010)


ぼくにとって、毎年12月は浅川マキの月だった。

例年、年末の三日間、新宿<PIT INN>でスペシャル・ライブを行っていた。
5年くらい前から観に行くようになり、これがぼくにとっての一年区切りのライブになっていた。

いつも、立ち見が出るほど、いや、身動きひとつできないほど客が入っていた。
40年前の「アングラの女王」の、どこに今の人はひきつけられるのだろうか。
不思議に思いながら聴いていた。


1942年、石川県石川郡(現白山市)生まれ。
高校卒業後、町役場で国民年金窓口係りとして働き始めるが、音楽への夢捨てがたく上京。米軍キャンプやキャバレーで歌手人生をスタートさせる。
1968年、寺山修司に認められ一躍有名に。
1970年前後、「安保」という時代の風にもおされ、「アングラの女王」として若者たちのカリスマに押し上げられる。
寺山修司、丸山(美輪)明宏、歌手・作家の野坂昭如、カルメン・マキ、リリー、藤圭子など、激動の時代を駆け抜けていったヒーロー、ヒロインたちの一人であった。

「夜が明けたら」、「かもめ」、「ふしあわせという名の猫」などヒット曲も多い。
気に食わないものは廃盤にしたり作品集に入れなかったりと、自身の作品にきびしく、それにまつわるエピソードも多い。
渋谷にあった<ジャンジャン>や、伊勢丹裏にあった前の新宿<PIT INN>での公演はいつも超満員だった。


この人の歌う「赤い橋」という曲が好きで、80年代、入り浸っていた新宿ゴールデン街でよく歌った。

 ・・・不思議な橋が この町にある
      渡った人は 帰らない


橋を渡ってしまい、家に帰ってこない酒飲みの父親をうらみながら、受験勉強をしているだろうわが息子や娘のことを考えながら歌っていた。
歌うたびに、心のどこかが、いつもチクリと痛んでいた。
そんなこともあった。
思い出せば、懐かしい。


ここ数年の浅川マキは、イデタチこそ以前と同じ黒装束で決め込んでいたが、かつての妖気や毒気はもうどこにもなく、昔からのファンや多くの若い人たちを前にして、気持ちよさそうに「浅川マキ」を演じていた。

今年の1月、公演先の名古屋のホテルで亡くなった。
ホテルのバスルームで倒れていたところを、ライブに現れないのを不審に思ったメンバーが問い合わせ、発見された。

はだかで倒れていたのだろうか。
訃報を聞き、そんな不謹慎な思いが頭をふとよぎる。

「アングラの女王」らしからぬ最期、みたいなことを言う人が多かった。
もっと劇的な死、を考えていたのだろうか。
そんなにうまくいってたまるかい。
それこそ、不謹慎きわまりないんじゃないか。
人はそれぞれの死に方で死ぬ。

安保後、40年近く「浅川マキ」を演じ続け、疲れてしまった。

・・・ねっ、もういいでしょう

そう言って、どこかでニッコリ笑っている。


67歳まで頑張った浅川マキに似つかわしい死に方だった。
ぼくは、そんな気がしてならない。

今年も12月26、27、28日の三日間、<PIT INN>で特別ライブが行われる。
「主」不在のなかで・・・

渋谷 毅 Produce「こんな風に過ぎて行くのなら」〜淺川マキに捧ぐ三日間〜

と題されている。



ロング・グッドバイ−浅川マキの世界 [単行本(ソフトカバー)] / 浅川 マキ (著); 田村 仁 (写真); 白夜書房 (刊) 2011.1.18発売
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★浅川マキオフィシャルホームページ
★新宿PIT INN ライブスケジュール



posted by 松ぼっくり at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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