1964年と68年の二回、ビル・エヴァンスが行ったブラインドホールド・テスト(BT)の模様を「ダウンビート」誌が掲載したもの。
ブラインドテストとは、薬効を調べる医療分野やオーディオ機器の世界でよく行われている検査方法である。
人間の感覚は、付帯する情報によって左右される。
この機器は300万円かかったと聞いて聴くのと、こちらは2万円の普及品ですと言われて聴くのとではまるでちがって聴こえてしまう。
薬の場合も、医者が処方したただの粉が治療効果をもたらすことがある。(プラセボ効果)
俳句の世界でも、「名前でよむ」ということが言われる。
著名な人の詠んだ句は、みんな名句に見えてしまうというあれだ。
だれの演奏と知らさずにレコード・CDを聴かせ、演奏者をあてさせる。
ジャズの世界にもこれがあったんだ。
もっとも近頃ではあまり聞かないが、どっかで行われているんだろうか。
どんな目的で行われたのか、企画意図はこの記事ではわからない。
お遊び感覚のクイズ番組のようなものかなと思ったが、ぜんぜん違うものでした。
演奏者名などの情報をシャットアウトし、音だけに集中する。
そのうえで、音の性格、善悪、演奏技術、ハーモニー、音楽的傾向などにつきコメントしていく。
しごくまじめなものでした。
演奏者の名前をあてることなどまるで意識していない。
だからというわけではないだろうが、15人(枚)聴いて演奏者名をあてたのは2、3人にすぎない。
面白くないと言ってしまえばそれまでだが、ポイントは、音を聞き、その善し悪しを判断するということにおかれているので、まあしかたがない。
しかし、あのビル・エヴァンスがどのように音を聞き、その美醜・善悪を判断しているのか。
それを知ることができるというのは、めったにないことであり興味もある。
特に、ぼくのような耳悪リスナーにはとても参考になるはずだ。
それがなによりもありがたい。
などと思いつつ読ませてもらった。
というわけで、以下、ビル・エヴァンスの音の聞き分け方、です。
取り上げられたミュージシャンは。
ジャック・ウィルソンp/ジョン・クレーマーts/オスカー・ピーターソンp/ロバータ・フラックp/ハービー・ハンコックp/オリバー・ネルソンp/カウント・ベイシー/ドン・エリスtp/クレア・フィッシャーp/フリードリッヒ・グルダp/バディ・リッチds/ディック・ハイマンp、orgなど15人(枚)
1)ほめことば
・・・プロフェッショナリズムを感じる
・・・オリジナリティにあふれている
・・・豪華だし、それ自体が完璧
・・・とてもきれいで、陽気な感じ
・・・とても幸せで、軽快な演奏
・・・王道を行くいい演奏
・・・スウイングしていた。創造的だ
2)けなしことば
・・・特定のアイデンティティをもっているようには思えない
・・・これが何を目的としているのかわからない
・・・個性がまったく感じられない
・・・二度と聴けないとしても、残念と思わない
・・・どんな音楽にも美しいところがあると思うが、この楽曲はとても貧相だ
3)楽器について
・・・(フェンダー・ローズは)独特の調音があるし、独特の音色がある。唯一の難点、それはピアノの持つ深みは出せないということ
4)音楽全般に関して
・・・フリーやアヴァンギャルドというものはないんだ。音楽的に成り立ってなおかつ音楽でありうるものが存在するだけ
・・・良いものは良い
・・・本物を探すことだけが大事で、「一番」とか「唯一」とか「最高」とかいう言葉で区別をつけるのはやめるべきだ
・・・才能があっても、創造的な人は滅多にいない
・・・音楽的な内容がいつも最重要項目。20年も経てば目新しさに関する限りは、意味がなくなってしまい、音楽の内容だけが問われるようになる
・・・ビッグバンドはいろいろな才能の場、特に作曲者の登竜門
読んでみての感想は、なんかあたりまえのことを言ってるなあということかな。
と思いませんか。
音を言葉で説明することは不可能なのだからして、これはいたし方ない。
というか、あたりまえのなかにこそ聴き方の王道がある、ということなのかもしれない。
音楽は、聴いても読んでもむずかしい。
ビル・エヴァンスのコメントにも、きっと、ぼくには読みとることができない深い内容が含意されているのだろう。
ミュージシャンは、いったいどんなふうに音を聴いているのだろうか。
特別な耳で、違った音を聴いているんじゃないだろうか。
いつもの疑問が、また、わき起こってくる。
ぼくなどとは違った音を聴いているとしたら、それはそれでちょっとくやしい。