2012年05月10日

鍵言葉は<客> ドラマー 橋本学さん

ドラマー橋本学さんのブログ「自由帳」での発言が、ちょっとした話題になっている。
3月2日にアップされた「終演時間についての提案」。
多くの人にライブにきてもらうための方策の一つとして、終演時間を早めてはどうかというものである。
内容を説明する前に、まずは橋本さんのご紹介を。

いまさら紹介というのも失礼にあたるのではないかというくらい、すでにしてよく知られたミュージシャンです。
7、8年前、ライブの面白さに魅せられライブの徘徊を始めたころ、スケジュールを確認するとき、いつも目にする名前が<橋本学>だった。
演奏を一度も聴いていないときから、その名前はぼくの脳ミソにしっかりとインプットされていた。

その後、太田朱美さんの<Risk Factor>や織原良次さんの<色彩感覚>や、そのほかのいくつかのバンドで橋本さんを聴いた。
マグニチュード9の地震に揺さぶられても、高さ10メートル超の津波が襲いかかってきてもびくともしない安定感に、「すごいなあ」と感心していた。
頼れる兄貴分として、若いミュージシャンからの信頼感も絶大とお見受けしている。

残念ながらリーダーバンドでの演奏をまだ聴いていない。
いずれ機会はある。
楽しみにしています。

そんな 橋本学さん です。

橋本学.jpg

1976年2月28日 兵庫県生まれ。
幼少時よりバイオリンを、中学の吹奏楽部でドラム・パーカッションを始める。
横浜国立大学入学後、モダンジャズ研究会でジャズ・フュージョン活動を開始。
卒業後、インディーズバンド「GANA LOU」「STAY」を経てジャズ活動へ。

2000年、横浜ジャズプロムナード・コンペティション<洗足学園賞>(平田崇トリオ)、浅草ジャズコンテスト<金賞>(西本康朗カルテット)。
2001年、横浜ジャズプロムナード・コンペティション<グランプリ>(西本康朗カルテット)受賞。

2005年、自身のプロジェクト「橋本学trio」をスタート。作・編曲を手がける。
2006年、同郷同年代のドラマー山北弘一と「橋本=山北duo」。
現在、都内・近郊を中心に、多数のバンドでライブ活動、ツアー、レコーディングを行っている。


以下、橋本さんの終演時間についての提案です。

昨今のライブハウスは、いつも客であふれかえっているという状況では、残念ながらない。

理由はいろいろ考えられる。

そこで演奏される音楽そのものに魅力がないのか。
客は少なくて当たり前と、店もミュージシャンもはなっからあきらめてしまっているのか。

ミュージシャン自身が考えなければならないそんな問題があるとしながら、客足を遠のかせる原因として、終演時間の遅さもあるのではないか。
そう橋本さんは言う。

ほとんどのライブハウスでは、演奏は8時にスタートし、30分の休憩をはさんで2セットで行われる。
終演は10時半となる。
予定では。

このとおりに進行すれば、終電など気にせず最後までライブを楽しめる。
だが、実際は、終演が11時を回ってしまう。11時半を過ぎてしまうこともめずらしくない。
なぜか。

スタートが遅い。
進行がルーズで、予定通りに始まらないためなのだ。
15分でもいい。スタートを早めにするか、もしくは予定通りに始めれば、10時半には終わる。

遠方から聴きにくる人もある。
明日の仕事を気にしながら聴いてる人もいる。
そのためにも、予定通りの進行を守ろうではないか。
それが集客にもつながる(かもしれない)というのが橋本さんの提案である。
たしかに、ぼくのように千葉に住むものにとって、終電ってのはけっこう悩ましい問題なのだ。

終演時間を早めればすぐに客が増える、とはならないだろう。
店の売り上げの問題もある。
しかし、集客のためになにができるか、を考える。
そのことにこそ大きな意義がある、と橋本さんは言いたかったのではないか。

この提案は、店の経営とかかわる問題でもある。
勇気ある発言?
でもないのかな。
確たるポジションにいる橋本さんだから言えることでしょう。
ある若いミュージシャンがそう言っていた。

しかし、繰り返すが、集客のために何ができるか
このことをみんなで考える、そのことにこそ大きな意味がある。
橋本さんの勇気ある?提言に100%賛成です。

どんな表現方法だろうが、送り手と受け取り手がいなければ意味がない。成立しない。
無人の月世界で演奏するミュージシャンはいないだろう。(いるかな?)
大勢の客を前にして演奏する。
ミュージシャンの悦びではないだろうか。

鍵言葉は <客>


蛇足ながら、以前このコラムでも書いたお店とミュージシャンに対するぼくなりの提案を箇条書きで。

・スタート時間を早める
・時間厳守
・セットの演奏時間をもっと短く(もう少し聴きたいという後引き状態がいいし、
 二時間、緊張を持続するのはけっこうきつい)
・セットを分けず、1セット1時間半くらいにしては
・セットリストを配る(ごく簡単なものでもいい)
・身だしなみに少しの配慮を(男性ミュージシャンに、ときにむさくるしい人が
 いたりして)
・客も楽しませてくれ(ジャズは聴くより演るほうが面白い? 自分たちだけで
 楽しまずにリスナーも楽しませてほしい)


Hashimoto Manabu(橋本学)trio 「一万年落下」


★橋本学ホームページ
★橋本学ブログ「自由帳」

≪ライブ情報≫
・6月20日(水) 外苑前 Z・imagine 19:45〜
橋本学solo live(ds,per,programing,etc)



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2012年04月18日

<ぶんっ!! > ジャズ・フルート奏者 太田朱美さん

太田明美2065.jpg

鳥取県米子市出身。
父親の影響で、幼少時よりピアノを演奏するなど音楽に触れる機会を多く持つ。
中学で吹奏楽部に入部、フルートを始める。
広島大学ジャズ研究会に所属、本格的にジャズに傾倒、広島市内のライブハウスで演奏活動を展開。
来広のジャズメン、池田芳夫、小山彰太、吉田次郎、安カ川大樹、川嶋哲郎、仙波清彦、納谷嘉彦、ロビーラカトシュら各氏と接触、センスと力強さを買われ、卒業後、東京での演奏活動を決心する。
現在、都内を中心に多くのミュージシャンのグループに参加、演奏活動を続けている。
2008年、自身のバンド<Risk Factor>(太田朱美fl/石田衛p/織原良次b/橋本学ds)の1stアルバムを発売。
2009年、<こめ>(水谷浩章b/片倉真由子p/太田朱美fl)を結成。
(プロフィールより)


金管楽器とばかり思っていたフルートは、じつは木管楽器だった。
そんなことも知らないのかと、あまりの音楽的教養の無さを人に笑われた。
知らないものは知らないのだからしかたがない。
第一、音楽的物知りになろうなどというつもりは毛頭ない。
ジャズの演奏を聴き、その楽しさに心躍らせ、美しさにひたりたいとねがっているだけなのだ。

だれもが認めるこの世界のトップランナー。
このところの活躍ぶりには目を見張らされる。
表現力やテクニックはいうまでもないが、なによりもすごいのは、フルートという楽器のイメージを変えてしまったことにある。

楽器の使用方法を変えた人はいくらでもいる。

山下洋輔さんは、ピアノを耐火テストの実験材料にしてしまった。
チャールズ・ミンガスは、ベースを壁に投げつけ解体し、弦がぶら下がったネックを武器に、気に食わぬ客を追い回した。
50年代、ニューヨークのジャズクラブでは、いつまでも演奏をやめないミュージシャンを舞台から引きずりおろすため、“シンバル投げ”が行われた。

太田さんはそんな乱暴はしない。
彼女は、フルートの使い方を変えたわけではなく、フルートという楽器のイメージを変えてしまった。

昨年、大塚のライブハウスで<Risk Factor>の演奏を初めて聴いた。

Risk Factor.jpg
●Risk Factor(左から、石田衛、織原良次、橋本学、太田朱美、土井徳浩)

フルートというと、「繊細」「優雅」みたいなイメージをすぐ思い浮かべる。
しかし、ここには、上品で取り澄ましたところなどまるでない。
あるのは、すさまじい圧力でぐいぐい迫ってくる音の壁だ。
人の感覚器官を無理やりこじ開け入りこんでくるような強い音の衝撃波だった。
サロンアート風な優雅さとは違う、アクション・ペインティングのダイナミズム(みたいなもの)にあふれている。
つまらぬ小理屈や、さまつなテクニック論など超越した<ジャズの生命力>がみなぎっていた。

すごい。
すごいなあ。
ただただ感嘆した。

・・・気持ちよかった。かっこよかった。眠くなった。耳が痛くなった。うきうきした。踊りたくなった。さみしくなった。気持ち悪くなった。帰りたくなった。素敵だった。可愛かった。力強かった。泣きたくなった・・・。
なんでもありです。感じることが生きている喜びに通じますように。


太田さんは、いつもそう願いながら演奏している。

ジャズの即興性と限りなく広がる世界に魅せられ、挑戦する。
・・・幼児がシャボン玉のうたを歌うように笛を吹いていたい

そんな自然な気持ちの有り様も大切にしている。

ヨーロッパの古い民話に「ハメルーンの笛吹き」というのがある。
笛の音で、町中のネズミを川でおぼれさせ、約束をまもらなかった大人どもを懲らしめるため、町中の子供を山の洞窟にかくしてしまった。

太田さんのフルートは、人をどこへ連れてってくれるのだろうか。
ここはひとつ、ライブで見届けるしかあるまい。

大丈夫です。
フルートを振りかざし追い回されることは、多分、ないでしょう。
でも、彼女のフルートは<銀の矢>となってあなたの胸に突き刺さること間違いなし。
プロテクター必携でお出かけになることをおすすめする。

学生時代の研究課題は蘚苔類。
蘚苔とは苔のこと、と辞書にある。
普通には花の咲かない低い植物の俗称、ともある。
太田さんの力技なら、苔に花を咲かせることもできそうだ。

こんな人はいない。
そう思わせてくれる<笛吹き>です。

言い忘れた。
彼女のMCの面白さも☆☆☆☆☆。

太田朱美「皆既日食」(テーマのみ)


★太田朱美ホームページ

《リーダー・ライブ》
・5月9日(水)川崎 JAZZぴあにしも
fl 太田朱美 p佐藤浩一  20:00〜

・5月31日(木)関内 JAZZ IS
fl 太田朱美 p田中信正  20:00〜
♪その他ライブ情報は太田朱美さんのホームページでチェックできます!
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2012年04月04日

バット・ビューティフル

バット・ビューティフル [単行本] / ジェフ ダイヤー (著); Geoff Dyer (原著); 村上 春樹 (翻訳); 新潮社 (刊)
『バット・ビューティフル』(ジェフ・ダイヤー 著・村上春樹 訳/新潮社)

---ここはまるで降霊会のようだよ、バド---  バド・パウエル

バド・パウエルは、自分の頭をめがけて振り下ろされてくる警棒を見る。
何秒かあと、自分の頭を殴打し、頭蓋骨を割り、脳を砕くかもしれない警棒を見る。
警官のガンベルトにしがみつき、なんとか立ち上がろうとするバドに、声が届く。
「ニガーが」

ヘロインとアルコールの魔力がバドをとらえてはなさない。

<人生の痛みを、いくつかの曲の弾むようオプティミズムによって、いかに解消していたか>

を、みんな知っている。
でも、音楽によって与え返された対価は、十分には程遠い。


---もしモンクが橋を造っていたら---  セロニアス・モンク

モンクは、助手席で石のように固まっているバドを見る。
雨の中、車に近づいてくる警官の姿を見る。
バドの手から奪い取って捨てたヘロインの包みが、窓の外の水溜りに浮いている。
少しだけ中身を舐めたあと、警官は聞く。
「おまえのか、そいつのか」
モンクは答えない。
キャバレー・カードを取り上げられ、捨てられる。
「しばらく必要ないだろう」
バドをかばい、モンクは90日間服役する。

<ジャズのいいところっていえば、自分だけのサウンドを持てば、ほかの芸術分野であればとてもやっていけなかったような連中が、なんとかやっていけるというところだ。--他人とはちがう物語やら考えやらをアタマに詰め込んだ連中が、そういうなにやかやをジャズというかたちで表現することができたんだ。--銀行員にも配管工にもなれないようなキャッツ(連中)がジャズの世界では天才と呼ばれる>

モンクはニューヨークの秋の夕暮れを見る。
<都市が自らを修繕している>感じが好きだ。
「ラウンド・ミッドナイト」は悲しい曲だ。
そして、モンクはもうなにもしたくないと思う。


---彼のベースは、背中に押し付けられた銃剣のように、人を前に駆り立てた---  
チャールズ・ミンガス


ミンガスは怒っている。
暴れる用意がいつもできている。

ステージの前で話に夢中になっている女のテーブルを蹴倒す。
弾いていたベースを壁に叩きつける。
4本の弦だけで楽器につながったネックを手に男をにらむ。
ステージの上で、消火用の斧をもって同僚の椅子を真っ二つに叩き割る。

<すべてにおいて過剰なのだ。--かれは音楽の中ですべてを語れると信じていた。しかしそれでも、彼には語りたいことがもっとあった。>

盲目のサックス奏者、ローランド・カークに親愛感を持っている。
エリック・ドルフィーは音楽的に必要なパートナーだ。
エリックが、誰ひとり知った顔のない人間に囲まれてベルリンで死んだと聞き、彼に対するレクイエム「ソー・ロング・エリック」を書く。
生まれてきた自分の息子に、エリック・ドルフィー・ミンガスという名前をつける。


---その二十年はただ単に、彼の死の長い一瞬だったのかもしれない---  
チェト・ベイカー


チェト・ベイカーは誰のためにも吹かない。
自分自身のためにさえも。
ただそれを吹いているだけ。

黒一色のなかにポツリと落とされた白い水滴。
光り輝く。
「ホワイト・マザー・ファッカー!!」

女たちに取り囲まれ、カメラマンがどこへでもついてくる。
お定まりの売人がつきまとう。
この二十年で、歯はすっかりなくなり、目が敗北に打ちのめされ、<青白いビバップの詩人からしわくちゃのインディアンの酋長(チーフ)へ>と驚くべき速さで変化する。
<ジャズとドラッグ中毒の共生関係の、一目でわかる見本>

それでいいのか?
<生きていないものの領域に入り込んだ>んだよ。
と、チェトは笑う。


---楽器が宙に浮かびたいと望むのなら---  レスター・ヤング

---彼は楽器ケースを携えるように、淋しさを身の回りに携えていた---  
ベン・ウェブスター


---おれ以外のいったい誰が、このようにブルーズを吹けるだろう?---  
アート・ペパー


それでいいのか?
だれもが、いちどは口にする。
それでいいのさ。
やがてだれもが納得する。

ジャズは。
<それでも、美しい>


<あとがき>は、著者ジェフ・ダイヤーの託宣だ。

批評家が大きらいである。

ジャズは、例えそれがスタンダードの演奏であっても、そこで演奏されるものの中には演奏者の<批評>があり、あとに演奏するミュージシャンに対する<質問>が含まれている。
ミュージシャンが演奏で日々行っている<批評>と<質問>は、批評家の仕事のほとんどにあたる。
演奏者が批評家の仕事の大部分を演奏で片付けてしまうわけだから、批評家がジャズに対して行える貢献が少なくなるのはやむをえない。
<歴史的にみれば、ジャズについての評論は驚くほど--水準が低い>

ジャズミュージシャンの「損傷率」がきわめて高いことに驚かされショックを受けながらも、そこにジャズという音楽の根幹がかかわっていると、やや擁護的に指摘する。
黒人奴隷のブルーズに始まり、ビバップの誕生を経て今日にいたるジャズの歴史を概観しつつ、今のジャズにも目を向ける。

ジャズがどこへ行き何をするのかについてはあまり触れられていないが、

<ジャズというのは、その伝統が革新と即興に根ざしているが故に、大胆に因習打破を行っているときが最も伝統的になる>という、なんとも奇妙な関係の中で、<固有のヴォイス>を持たない音楽は、そこで聴くことをやめてしまう傾向にあるが、そのヴォイズが何を語ろうとしているかにもっと注意をはらう必要があるのではないか、とだけ述べている。

ジャズは。
いつも、現在形・・・。

キース・ジャレットは「これはジャズに関する本ではない。ジャズを書いた本だ」と評した。
こんな本はない、と思わせてくれる本。



---  ---の斜体部分は、本文章タイトル。
<>は本文の引用。


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